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ばぁちゃんが亡くなった知らせのメールを受けた夜の7時前、俺は京浜東北線に乗って横浜に向かっていた。

一ヶ月間の店舗研修でお世話になった店舗の方々が送別会を俺のためにひらいてくれるというのだ。前日から後輩が泊まりに来ていたので、昼は中野ブロードウェイに行き、リュックの中にはサイン入りの小野真弓の写真集が入っていた。(バッグの中身見られたら終わるなぁ…あぁ早く帰ってシコりてえ!)ちょうどそんなこと考えている時だった。何でもない日常だった。何の前フリもなかった。

真っ白な頭でとりあえず横浜駅のホームで親父に電話する。詳しいことはまだ決まってないらしい。

俺は明らかに平静を失っていた。ゴミみたいに人の多い横浜駅のホームを一人でオロオロとうろついた。邪魔そうな目で周りがこっちを見ている。でもそんなことはどうでもよかった。うぜえよてめえらまとめて死ねよハゲ。そんな感じだった。

なんしか俺は目の前の選択を迫られていた。「送別会に行くか、行かないか。」通夜や葬式は次の日以降だから支障はない。

ただこういう場合、喪に服して帰るべきなのか、せっかく準備してくれた送別会なので、無理してでも参加するか。

約30分間考えた。
誰かに電話して相談しようとも思ったが、これは自分で決めるべきことだと思った。

正直帰った方が楽だし、祖母が死んだ時に酒飲んでゲラゲラ笑ってるのは不謹慎極まりない。最初はすぐにでも帰ろうと思った。

だが少し冷静になって考えてみると俺が送別会をキャンセルして家に帰ってばあちゃんの思い出にふけってしみじみ泣いたところで、誰も得しない。誰も喜ばないし、送別会に参加する人たちに迷惑をかけるだけ。

婆ちゃんは人に迷惑をかけたり、気をつかわせるのがすごく嫌いな人だった。自分を犠牲にしてでも、人に優しさを振り撒く人だった。

飲み会が終わる終電の12時まで、俺は戦うことを決心した。

人間ってのは無理してでも笑わなくてはならない時だってあると俺は思う。

飲み会が始まる。周りは当然いつものテンション。仕事の関係上参加者は俺以外全員女。ハーレム状態。なかなかハードな環境が整っていた。

途中親からの電話で何度も席を外しながら、なんとかいつも通り接することを心掛けた。

だが途中本当に苦しい場面がいくつかあった。

中華の食べ放題で、有り余る中華料理を目の前にして、食いたくもない飯を無理して食う。そんな状況のとき、ふと考えてしまった。

ばあちゃんはこんな飯食ったことあっただろうか。

本当に堅実で質素な人で、孫には毎月金をくれるんだが、自分は贅沢などほとんどしてなかったと思う。

若くして旦那を亡くして女手一つで母親たちを育てている。贅沢なんかできなかったはず。

小学生の頃か、家に遊びに来たときに怒られたことがある。俺の部屋を掃除しているときに一円玉が見つかった。その一円を見つけて嬉しそうに笑う祖母に対し俺は「たかが一円やん」と冷めた声で返した。「一円でも大事なお金やで。大事にせなあかん。」

生まれながらにそこそこの暮らしをしてる人間には理解しがたい言葉だった。

きっと祖母には大企業に入ろうと躍起になってるやつや、自分より社会的ランクが下のやつをみて優越感を得てる輩や、現代社会的な価値感にコントロールされてる人間には見えないような世界が見えてたんだろうなと思う。(残念ながら俺はここにあてはまる大多数派のカス。)

シンプルに周りに感謝して謙虚に生きる。そういうことができる人だった。

そんな人が死ぬ前に、「新幹線に乗ったことがないから乗りたい」と言っていたのを思い出した。

俺は何もできなかった。

酒のせいなのか、自分のが情けないせいか、涙がこみあげてきた。

ぐっと堪える。

飲み会はなんとか終わった。

家に帰る。達成感だとか虚しさだとかなんか訳のわからない気分。

訳のわからんまま小野真弓でシコる。射精する。

俺はとりあえず寝ることにした。

(続く)

# by tabako_suitai | 2010-09-02 19:49

今日バンドでライブをした

客が少なかったし、ノリもよくなかったし、あまり褒められることもなかった

そこですごく落ち込んでる自分がいた

それで気づいた

俺は褒められたいからがんばってるんだと

高校の頃からずっとそれは変わってなかった

褒めてくれる人がいたから音楽をやってたんだと

わーってやって、澄まし顔で、褒められるのを待ってる

自分がものすごく受身なことに気づく

また同じ場所にループして戻ってきた感覚

”わかってもらえるさ”

やっぱしこれがテーマであることに変わりはない



最近は落ち込むことも感動することも少なくて

なんとなく感情の振れ幅が狭まって行く感覚があった

だけど”わかってくれない”という空しさと悲しさと気恥ずかしさが

昔の感情を思い起こさせてくれた気がする



”わかってくれない”から”わかってもらえる”ようになりたい

わからせてやりたい、認めさせてやりたい

それが自分のエネルギーというか一番の起爆剤なんだろう

基本的に負け犬なんです

今日はいろんな感情を思い返すことができた価値ある一日だったように思う



すごくいい彼女がいて、自分のだめなところも全部受け止めて肯定してくれる

だからものすごく居心地がいい

だからここんとこずっとその居心地の良さに依存してた気がする

周りにかまってもらえなくても、失敗しても、彼女いるからいーやってなってた

負のエネルギーを全部彼女が癒してくれてた

だから彼女と就職で離れ離れになるのは、自分にとってかなりいい刺激になるんやないかと思う

それはもしかしたらお互いにとってかもしれない

んで成長したらまた彼女に褒めてほしい



居心地のいい空間というものがなくなる

いよいよ逃げ場もホームも失ってしまうわけだ

また童貞のころに戻って再スタートだ



# by tabako_suitai | 2009-08-21 03:43

暑い。

最近は人間関係で少し心労が募ったりしている。

俺は昔から人から嫌われることを極度に怖がる傾向がある。

かといって好かれようともしない。波風立たない。それが一番だった。

でも人が100人いて、100人から好かれている、あるいは嫌われていないっていうのは、ひょっとするとものすごく怖いことなんじゃないだろうかと思う。

当人がよっぽどの聖人のような心の持ち主でない限り、100人いたら、少なくても10~20人くらいに嫌われている状況っていうのが一番まともじゃないだろうか。

もうちょっと俺は人から嫌われる人間にならないといけないかななんて思ったりする。

人に嫌われることを恐れながら生きるっていうことはものすごくつまらないことだ。

輝いて生きているタレントや芸能人に必ずアンチがいるように、もっとアンチをつくるような男にならなければならない。


ただ・・・

自分の優柔不断さや、いい加減さ、気分屋な部分で多くの人に多大な迷惑をかけてきたなぁと思う。
そういうふがいなさから嫌われてしまったら、完全に責任は自分にある。素直にごめんなさいである。
そういう部分をもっとちゃんとしないとなぁと最近つくづく思う。





# by tabako_suitai | 2009-07-17 20:00

時間。

死ぬまでにあとどんくらい時間があるんやろうか。

死ぬまでに俺はあと何回セックスするんだろうか。

結局俺は気持ち良くなりたい。

不安だとか恐怖だとか退屈だとかを乗り越えて、

気持ちよくなりたい。

なんのために生きてるのか。

答えは単純である。

気持ち良くなるために生きている。

なんのために気持ちよくなるのか。

気持ちいいは最高だからである。



「気持ちいい」を手に入れるためにこえるべき壁がいくつも立ちはだかっていたりする。

でもその壁が多ければおおいほど、手に入れる「気持ちいい」がおっきかったりする。

人生とはそれの繰り返しのような気がする。

たたかって、壁を越えて、「気持ちいい」を手に入れる。それのループ。



一見なにもしてなさそうなおっさんでも、

やりがいのなさそうな仕事をしているおっさんでも、

あったかい布団で寝る「気持ちいい」や、おもちゃを買ってもらって喜ぶ子供の顔をみる「気持ちいい」を手にいれるために、

必死に汗水たらして働いている。

人に必要とされて、それにこたえること。

そこにはめちゃくちゃ大きな「気持ちいい」が潜んでいるような気がする。


そう考えれば世の中うまいことできているとつくづく思う。人は「気持ちいい」を手にいれるために懸命に働く。
そうすれば世の中もうまくまわる。

たまに不器用な人間が、「気持ちいい」を手に入れる手段として、犯罪というあまりに短絡的な行為をする。そういう人は隔離され、「気持ちいい」からかけ離れた世界に閉じ込められる。

だからみんな真面目にやる。

そして大体の人は気付く。

人に愛されること、人を愛すること、人のために生きることが一番「気持ちいい」ということ。

ほんとによくできたシステムだと思う。

人類の歴史の中で、いくつもの宗教や思想が生まれたり、消えたりして、その結果、世界の人々の脳の中に「愛=正義」という倫理観、価値観が埋め込まれている。

長い長い歴史の中で人類は「愛」という言葉をつくりだした。

これってひょっとすると人類最大の発明なんじゃないだろうか。

これは世の中をよりよく回すためにすごく便利な言葉だ。

そりゃキリストやジョンレノンも崇拝されるはずだ。




世の中には人間の脳では察知できないような、とてつもない大きな力が、影で働いているような気がする。

それはずっと感じてきた。ずっと昔から。

見えない力というか、そういうもんを、信じざるを得ない。

俺が今考えているようなことも、おそらくいままで何万人もの人が考えてきたことだろう。

人間の脳には限界がある。いやただ俺がアホなだけかもしれない。



世の中の真理を暴いてやろうだとか、無謀だとしか思えない。

答えは「わからない」以外にあり得ない。

だから俺は今日も強い力に身をまかせて、

「コントロールされて」生きる。

あらかじめ用意された「気持ちよさ」を得る。

世界を構成する一人の人間として。



友人の友人が自殺したらしい。彼は常日頃から「自殺論」とやらを唱えていたらしい。これは俺の憶測にすぎないが、彼はあまりにもシステム化された世の中の一人の構成員として生きていくことに美徳を感じなかったからではないだろうか。

世の中には自殺をいけないものとする価値観がある。大事な構成員が減ってしまうからである。
誰かが言った。「あいつは自分の命を殺した。それは人殺すことと同じだ。」
俺は言う。「うんその通りだね。自殺はいけないことだね。」


さぁ明日は何をしようか。

なんかおいしいもんでも食べにいこうか。



# by tabako_suitai | 2009-07-13 23:17

来年から知らない土地で一人暮らし、そして就職という間違いなく今まで味わったことのないストレスや苦悩が待ってることがいまの時点で確定しているわけで、自分のなかでいよいよ明確な意識改革が必要やなぁと思っている。

簡単にいうとスーパーポジティブな人間になりたい。

高校のときはネガティブマインドむき出しで、自分で自分を追い込むようなことをしていたが、大学に入ってからもっと楽しいこと、明るいことを考えるように、力強くなるようにイメージして生活してきた。そのおかげでかなりポジティブにはなったと思う。しかし今でもふと気持ちがマイナスになって、重苦しい気分になったりする。そういったときにモチベーションあげようとするときの方法が日によってまちまちで今の時点ではまだ確立できていないのである。

最近に至っては悪夢をみて目を覚ますことが多い。不安になることも多い。(おそらく多くは来年から始まる新しい生活に対する不安だろう。)

これはいかん~。どうにかせな~。

でもこの4年間色々自分の性質と向き合ってみて、わかったことがある。
俺は「煮詰まってもダメ」な人間だ。
煮詰まって考えすぎても迷走するばかりで苦しいだけ。何もポジティブな方向にいかない。
自分は考える「人間」をではなく、本能の赴くままに生きる「動物」であるというイメージを頭に抱く。
かといって考えなさすぎるのもただのバカで責任感のない奴なので、この「考えへん。どーでもいいわー、ぱっぱらぱー人間やめて動物状態」というのを悩んだときの「ブレイク」として導入するのが一番効果的なのかもしれない。

俺は「動物」であり、「人間」でもある。その両方のバランスが大事なんだろう。どっちかに偏ったらつぶれてしまう。

社会の中で共存していきながら、いかに自分の自我を解放させるか。世の中の人々の悩みの多くの根源はここにある気がする。

俺は去年くらいからある人の音楽を頻繁に聴くようになった。それは前に書いたこともある「どんと」という男の音楽。「どんと」を知る以前は宮本浩次というとことん自分に対峙して苦しみ抜く生き方に憧れていたのだが、「どんと」を知ってからはそういう生き方よりも明るく楽しく笑顔で生きてる方が楽しいし、気持ちいいし、ええんやないか。と思うようになった。どっちもどこまでも純粋でパワーに溢れた人間だと思うが、どうせなら、おもろいうほうがいいし、気持ちがええ方がいいし、元気でいたい。とまぁそんなこと思ってたらエレカシの音楽も最近ではめちゃくちゃポジティブで明るい音楽になってきた。結局みなたどりつく結論は同じなのかもしれん。

まぁ兎にも角にも意識改革の大筋は見えてきた。あとは具体的な方法を見つけ出すことが必要。

とりま「ポジティブになる方法」でググってみる。ん、少し興味深いサイトがある。
http://positiveplus.blog82.fc2.com/

最初の方で興味深い言葉が。

「自分の根っこを持つということ、自分の中心をぶれずに持つということ。それがポジティブにつながります。」

まぁ当たり前っちゃ当たり前だが、結局「ポジティブになるための意識改革」っていうのは究極には「自分の軸」というものを確立することなんやろなぁと思う。

あーめんどくさ。また自己と向き合わなあかんのか。今からバイトなのでまたあとでじっくり読んでみよう。

以上ひとりごとでした。

# by tabako_suitai | 2009-06-29 16:19

盲腸の箇所がまた痛くなり、病院へ。

触診の結果かなり高い確率で盲腸だけど一応今度検査うけようかーといわれる。

6月2日に大腸の内視鏡検査の予約を入れる。肛門にカメラぶちこむ検査だ。

熱があるからって血液検査までされた。(注射の箇所が痛くてあとで絆創膏をはがすと内出血していた。)

そしてどきどきしながら会計へ・・・。

4800円也。

そして処方箋をもって薬局へ、

2000円也。

なんだか空しくてどうしょうもなかった。

そして肛門にカメラをぶちこまれるのもいやだったし、その費用を調べると一万円近くかかる。

今日の夜、その話をおかんにすると、

「お医者さんってポイントかせぎたいからしなくてもいい検査何度も受けさせるらしいで」

あほかぼけ、くそが死ね医者ぼけかすちんげ。

弱者から高い医療費まきあげて善人面してその金で高級フランス料理でもくらっているのだろう。

あやしくなって盲腸と内視鏡検査の因果関係について調べる。

すると盲腸の検査は普通CTスキャンで行うものであって、内視鏡では盲腸の腫瘍はみつけにくいらしいのである。

おそらくあのエセ医者は内視鏡で1マンふんだくった後、CTスキャンでさらに1マンふんだくる気だったに違いない。

内視鏡検査は前日絶食ということでさっきまで我慢していたが、今さっき冷蔵庫にあったハンバーグをたいらげた。

そして俺は決意した。「病気になんかなってたまるか!!」

今までは生活に乱れがあっても、「病院にいけばなおるしいっかー」

という考えだったが、たとえ治ったとしても病院に払う金っていうのはほんとにくだらない金だ。

アホな医者どものフランス料理や高級車のパーツに化けるのだ。腹立たしいにもほどがある。

そりゃあ不慮の病気なら仕方ないが、生活習慣や怠惰から生まれる病気にいちいち金を払うのは苛立たしい。

よし、この際たばこをやめよう!!

たばこを買うってことはあほ王国日本に寄付してるようなもんだし、体悪くなればまた医者に高額な治療費をはらわねばならぬ。あと女受けわるいし、くさくなるし、たばこの害について言い出したらキリがない。

俺は健康になる!!

汚い奴らに搾取されないために、自分の力で生きていくために。

とりあえず盲腸に関しては別の病院で相談しようと思う。

来年の東京へは完全体でのぞみたい。



# by tabako_suitai | 2009-06-02 03:00

なんとなく最近は心がまとまらなくて、だらだら過ごしていて

なんとなく最近はハリ合いのない日々を過ごしている。

怠惰に過ごす日常のある種の心地よさに浸ってる。

夜中に不安が襲ってくるときもある。

不安というやつは俺にとって必ずしも悪いものではない。

あえて自分を不安な精神状態に追い込むことでモチベーションを上げようとするときもある。

不安を力に変えてやりたい。

そろそろ動き出さないと

「努力を忘れた男の涙は汚い」ってどっかのバンドが歌っていた。

どストレートで気恥ずかしい言葉だが本当にそうだと思う

今の俺は怠惰の塊。醜い。

俺はかっこいい男になりたい。

誰よりも魅力的な男になりたい。



とりまジムに行って体鍛えよ。

怠惰はわかりやすいくらい腹に出る・・・。

# by tabako_suitai | 2009-05-26 18:36

今日のできごと。

午前中はだらだらして、

午後は一人で心斎橋まで買い物。

夕方に彼女を車でひろう。

尼崎のラブホに車をとめてから、隣のホテルの方が値段が安いことに気付き、車を移動するのが面倒だったんでそのまま入った。んで戻っていざ出ようとするとホテルから強面のおっさんが・・・。

「ナンバーも控えてるし、写真も撮った。今警察呼んだから。」

危うし内定・・・。

とりあえず謝りたおした。ひたすら謝った。

高校の時にキセルで捕まった時を思い出した。あの時も謝りたおした。あの時は大学進学がかかっていた。

なんとかなるもんだ。「警察来ないうちにどっか行き。」

世の中には色々とルールがある。

その規則の中ではみ出したら痛い目にあうし、人間にはある程度の倫理観とルールを守る忠実さが求められる。

クサナギくんもいくら世間が同情したってルールを破ったから制裁を受けてる。

感情論だけではどうにもならないときだってある。(ラブホはなんとかなったが)

この幾多にも貼り廻られたルールの中でいかにダメージを受けずに効率よく生きるか。

生きる術。処世術。

昔は効率よく生きることに対して否定的だった。

でもそれは効率よく楽しく生きてる周りの人間に対する単なる僻みだった。今になって思う。

もっと効率よく生きたい。

演技力のある人間になりたい。

自分に本当に自信がある人間は、人からボロカスに言われようが、へらへら笑っていられると思う。

そこでカッとなったり、口論でねじ伏せようとする人間は大して自分に自信がないんじゃないだろうか。

人に自分の意見を言って理論でねじ伏せることによってはじめて自分の居場所や価値観を確認することができるんだろう。

大多数の人から誤解されようが、ほんの少しの人が俺のことをわかってくれていればいい。

21年間生きてきて、自分の価値観というか生き方の方向性が定まってきた。

「死ぬまでにどれだけ気持ちよくなれるか」


ラブホから帰ってきてホっとしていると友人から電話。別の友人と飲んでたらしく、かなり酔っぱらってる。

「俺は大学にまで入ってさ、無い内定やで!?お前はいいよな内定もらって~今から出て来いよー」

そんな内容を30分くらいw

正直こんな時どんな言葉をかければいいか困ってしまう。

本心ではほんとに頑張ってほしいし、内定とってもらって一緒に喜びたいんだが、そんなこと言っても嘘くさくなるし・・・。



バイト探そう。金ためないと。


# by tabako_suitai | 2009-04-28 01:52

苦しかった就職活動もようやく終わりそう

自分が心から好きになれる会社に出会えて、その会社も自分のことを好きになってくれた

俺はつくづく運だけは強い男やと思う

その会社に関しては運命に近いものを感じている

あらゆる偶然が重なってここまでこれた

応募者2万5000人の中の10人まで勝ち残れたこと自体奇跡

資格もなければ、スポーツもなんもできない、
しかもついこないだまで人と関わるのさえ億劫でどうしょうもないなかった俺が…。

高校時代にあえて自分の殻にこもって苦しんで苦しんで身につけた「内省的な感性と発想力」

大学時代に外に向かって発信しようと苦しんで苦しんで身につけた「度胸と協調性」

21歳今現在の俺の本質であるこの両方をしっかり評価してくれた。

両方が自分が意図的に欲して努力をして身につけたものだと胸を張って言える。

倍率の割に会社の規模は大きくないし、知名度も超大手と比べたらまだ低い

少数精鋭やから一人当たりの仕事量も多いだろうし、責任も大きい

今まだ会社に対して悪い部分を見出せない分、入ってからのギャップも間違いなくあるだろうし、

苦しい部分も想像の何倍もあると思う

地味な仕事の方が多いに違いない

だからこそやってみたいと思う

自分が会社変えてやりたいと思う

勤務地は本社東京

一生東京に住むことになる

高校生の頃尼崎のきったない公園でどうすればこの退屈な町をぬけだせるかばかり考えていた

そして東京に漠然としたあこがれをいだいていた

ミネタも宮本もハルもみんな東京のことを歌っていた

東京に行けば希望があると信じていた

東京に行けば救われると思っていた

幻想にすぎない あほくさいチンカス野郎の見る幻想

実際は高層ビルの立ち並ぶ廃棄ガスに覆われた街。

だけど高校時代の俺が憧れてた場所であることには間違いない。

あの頃とは考え方はかなり変わったし、価値観も変わった。

でもちょっとはあの頃の俺にも褒めてもらえるかもしれない。

俺はあの時の「俺」を忘れない

これから大人になって仕事をして人にもまれて家庭を持っても

ふさぎ込んで、不器用で、お先真っ暗だけども誰よりも純粋に生きることに必死だった

あの頃の俺を忘れたくない。あの頃の感性を生かし続けたい。

東京に行くぞ俺は





まぁこれだけ書いておいて残る社長面接で万が一社長に嫌われたらおしまいなんやが・・。

あー今日は夕方から別の会社から内定がもらえる模様・・・。社会的ステータスや年収ならこっちのが何倍も上なんやがなー。もはや迷いはあんましないかな。しかし断りずらい・・・。

贅沢な憂鬱。。。。






# by tabako_suitai | 2009-04-09 10:29

だめだめだ

全部あとまわしにしてしまう自分の惰性がにくい

極度のめんどくさがり

やる気が出ない

今まで堕落を肯定してきた

坂口安吾の堕落論を間違って理解していた

惰性はかっこよくない

醜い

頭でわかっているが思ったように行動できない俺・・・

動き出すきっかけを待ってたってきっかけなんか一生みつからないだろう

「明日からではなく今から」

簡単そうで死ぬほどむずかしい

自分を戒めて努力した経験があまりにも少なすぎて

自分に甘く甘く過ごしてきた結果として今のおれがいる

今までのつけがまわってきている

動け俺!

# by tabako_suitai | 2009-02-19 10:55
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